一日中雨でしたね


よって書斎で、読書三昧の一日でした。
そこでちょっと面白いことに気がつきました。春秋時代の呉のくに(BC585~BC473)の首都、(現在の蘇州あたりにあった)を 「於呉」といったという記事がありました(徐朝龍・長江文明の発見)。「於呉」!これ「おう」と読むのではないか?
さらにネットで調べると、呉越春秋に「彼来入於呉」という記載がありました。


出雲国風土記の国引きの項に、ヤツカミズオミズヌノミコトが国引きを終えて「おう」といった、だからここを意宇という、と地名の由来譚があります。「おう」などと変な名前だ、意宇という字も変わっていると感じていましたが、その謎が解けたような気がした。ひょっとしてこれ、呉のくにからの渡来人が故郷の地名をもってしたのではないか。

呉服も漢字の呉音読みも、稲作も、呉の国から・・・

写真:「今年も元気に桜に出合えそうだ」

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  by windyspace | 2015-03-18 23:08

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